幽霊を成仏させるべき?『WILL』に書かれた坊主の言葉が深い!!

最近、高校生に「宗教について」の授業をするため、その勉強をしています。
キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、神道など・・・。
しかし、あまり分かりやすくまとまったものがない。
「改宗者」「聖典」「起源の年」「信仰対象」「シンボル」「特徴」など。
授業で、生徒それぞれに調べて発表をしてもらいたいと考えていますが、まずは、ある程度知っていなければ話にならない。
ということで、2日前ほどから宗教についての本を読んでいます。

話は少し変わって、宗教とはあまり関係ない小説『WILL』(本多孝好)を読んでいました。
きっかけは、知人に勧められたからなんですけど。
そのなかで登場するお坊さんが良いことを言っていたので、書き留めておきます。

<p52より>
(死者の霊を成仏させようと奔走する主人公に対してお坊さんが言う)
「無理に眠らせることはないのですよ」
「坊主の台詞じゃないな」と私は言った。
「坊主の台詞ですよ」と和尚は応じた。
「修行を重ねた僧だというのならまだしも、俗世の人間に簡単に成仏されては、坊主の立つ瀬もありません」
「そういう考え方もあるか」と私は言った。
「喜びも楽しみも存分に味わってこその俗。その裏返しの辛さも悲しみも受け止めてこその俗。ならば迷える魂もさまよえる幽霊もあるがままに引き受ければいい。それが俗世というものです。無理に眠らせることなどないのですよ」
「坊主はそれで立ち行けても、葬儀屋はそれじゃ立ち行かないんでね。・・・」

ちょうど宗教の勉強をしていたから目に留まった文章。
たぶん3年前の私なら、何も思わず読み飛ばしていた文章。
主人公にはイマイチ理解できていないようですが、ここにはお坊さんの考えと品格が現れているように思います。

【お坊さんの考えと品格】
お坊さんは、修行で”人の欲”と何度も向き合っている。
欲がエネルギーとなり、人生を輝かせることも感じている。
で、それが俗世間だと考えている。俗の世界を肯定し受け入れている。
だから、死んでも欲が残り魂がさまようことも、一つの在りようだと考えている。
でも自身は、その欲を捨てる修行をして俗を離れている。
だから、俗世間のことで悩む人たちを導いてあげられる。
そのことを、ここでは「坊主の立つ瀬がない」と表現している。
相手のことを傷つけず、なかなか上手い言い回しをしている。

あくまでも、私がとらえた勝手なイメージですが、なんでもないようなこのやりとりは、2人の人間性を少し垣間見せてくれる場面でもありました。
それにしても、「さまよえる幽霊もあるがままに引き受ければいい」とは、なかなか言えない言葉だよなぁ。

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