11年前に発症した、微少変化型ネフローゼ症候群とIgA腎症の合併症。
原因は、大学時代のお酒の飲み過ぎと、仕事が激務だったことと、ヒステリックな上司を鼻で笑うメンタルを持っていなったことだった。

7年間の療養生活を終え、不完全寛解となったので、3年前に正社員として就職。
持病がある旨を伝え、面接で定時で帰ることを念押しして入社したが、徐々に責任がある仕事を任されるようになり、
仕事がひと段落した、昨年3月に再発。
1か月間の療養生活を送った。

仕事に復帰し、4か月前には、娘も生まれた。
はじめての子どもで、妻は毎日ひとりで奮闘。
私も、仕事をできるだけ早く終わらせて、家に帰るようにした。
とはいっても、お風呂とミルクくらいしかできなくて、夜は爆睡。
3時間おきのミルクや、あやすのは妻に任せっきりだった。
妻はいっぱいいっぱいになり、家での会話は減っていった。

土日は娘のイベントだらけだった。
お宮参り、写真撮影、お食い初め、初節句。
空いてるタイミングで、おむつやミルクを買いに行って、忙しい日々が続いた。

1ヶ月前。
ようやく、仕事が一段落した。
残業ができない中、期日に間に合わせるため、毎日必死だったが、ようやく少し余裕ができた。
尿たんぱくは増えた。

半年ほど「1+」でだったのが、急に「3+」になった。
久しぶりにリラックスできたことで、腎臓への血流が増えて、炎症が酷くなったのかもしれない。
もしくは、尿たんぱくが増える前に体調が悪い日があったので、それのせいかもしれない。
体重も3キロ増え、あきらかにむくんできた。(70kg→73kg)

かかりつけ医に話をしたら、パルス療法で1週間くらい入院が必要とのこと。
総合病院を受診した。
しかし、「入院するほどではない」と言われ、通院でパルス療法を行いうことにした。

治療の経過

3月22日 診察
尿たんぱく 4+
再発を確認したが、2日前より尿量が増えていたため、経過を観察

3月25日 診察 パルス開始
尿たんぱく 4+
症状が改善していないため、パルス療法を開始
3時間後、軽い頭痛がした
6時間後、腎臓あたりの血流に違和感(炎症が収まるサインだったのかも)
夜、あまり眠れず4時間ほどで目が覚める

3月26日 パルス療法2日目
頭痛は収まっていたため、そのままパルス療法2日目
3時間後、軽い頭痛
腎臓あたりの違和感はなくなった
尿量が急激に減り(200ml/日)くらいになった
足がつりそうだったので、電解質が足りないのかと思い、ポカリスエットを500ml飲んだ

3月27日 パルス療法3日
点滴のあとは相変わらず頭痛
尿量は減ったままで、体重は76kgになった(6kgのむくみ)
ポカリスエットをさらに500ml飲んだ

3月28日 自宅療養
むくみが酷くなった。
家で安静にしているが、足も痛くて、調子も回復しない

3月29日 通院 検査
水分を減らすように指導を受ける(ポカリスエット500mlはアウト)
利尿剤のラシックスを処方してもらう

3月30日 自宅療養
ラシックス(利尿剤)が薬局に置いてなかったので取り寄せてもらっている(この日は飲めなかった)
水分を減らしたら、むくみは安定した(74kg)

3月31日 自宅療養
ラシックスを飲んだら、尿量が増えむくみが取れた(73.5kg→71.7kg)
尿たんぱく試験紙で調べながら、体重を見つつ、自宅療養

4月2日 通院 検査

 

再発したことでどう変わった?

薬の量は以下のように変わった

シクロスポリン100mg→150mg
ステロイド10mg→15mg

今回、担当してくれたお医者さんは、「自分でしっかり管理して治そう」という方針で、薬の量も私の意思を尊重してくれた。
(合併症ということと、長期ということで、過去のデータが少ないことも影響している)
で、「不完全寛解」だと思っていた今までの結果は、実は微妙とのこと。
尿たんぱくが「±」~「1+」で安定している状況は、理想的とはいえず、再発してないときは「-」で安定させたいとのこと。
年齢がまだ30代だからということも関係していると思う。

確かに、子どものことを考えると、稼ぎは少なくても長生きしたほうが良いだろうから、
今後、働き方を考えていこうと思う。
育休を取ったり、失業手当や傷病手当を上手く使い、
在宅ワークも検討しようと思う。

まぁ、そのあたりは、また一区切りついたら記事にしようと思います。
とりあえず、今回は再発してしまったが、今後、長生きできるように仕事を調整して、腎臓に優しい生活を心がけていきたいと思う。

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