【金言】四十九曲がりの細道を真っ直ぐに通るにはどうする?

人間学を学ぶ月刊誌『致知』。
友人に勧められて2年ほど購読していますが、その中で一番印象に残ったのが、2017年2月号の「禅語に学ぶ」でした。
禅宗において悟りを開くための課題である“公案”の一つ、「四十九曲がりの細山道を真っ直ぐに通れ」という問題が載っていました。
くねくねと曲がりくねった山道を真っ直ぐに通れというわけだけど、わけが分からない。
私がパッと思い浮かぶのは「新しく真っ直ぐな道を切り開く」くらいでした。

さて。
この問題は、頭で考えれば考えるほど分からなくなります。
で、どうやら「足の裏で考える」と良いらしい。

足の裏で考える?

ますます意味が解らない。
足の裏を見つめたところで、答えは浮かんでこない。
結局どういうことか。
私はあきらめて本を読み進めました。

特集の最後にこう書かれていました。

尊いのは足の裏である。
頭で歩くのではない。
四十九曲がり細山道をどう進むか、頭で考えていても混乱するばかりだ。
まして、お互いの人生は、もっと曲がりくねった道かもしれない。

(中略)

高い目標を掲げることは当然だが、頭で頂上ばかりを見ていては、姿勢が崩れ足元が疎かになる。
大事なのは、一歩一歩の歩みだ。
一歩前へ、一歩前へと着実に歩を進めていれば、たとえ四十九曲がりの山道であろうと、「真っ直ぐ」に進めよう。

考えてみれば、以前にもこんな話を聞いたことがありました。
「成功への最短ルートは、無駄に思える道だろうと、とにかく進んでいくことだ」と。
そのときは理解した気になっていたが、全然身についていませんでした。
今でもよく足元が疎かになってしまいます。
気づいたら、目の前のことに手を抜いて、目標への最短ルートばかり思案している。
「四十九曲がりの細山道を真っ直ぐ通れ」の言葉は、定期的に思い出していきたいと思います。

おまけ

現代社会では、「できるだけ労力をかけず、頭の中だけで論理的に考えたほうが良い」という風潮が強いように思います。
教師をやっていても、「結局、答えを教えてくれるんだから、自分で考えるのは無駄。10分間ぼーっと待っていよう」なんて生徒をひんぱんに見かけます。
しかし、数学の問題は自分で考えて解いてみないと理解できるようにならないし、人生の問題も自分で行動してみなければ解けません。
大事なのは一歩一歩、着実に歩みを進めていくこと。
偉そうなこと書きましたが、このブログでもそれができたらいいなぁ・・・なんて笑




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