2012年。
22歳の秋。
私は腎臓の病気になり、入院しました。
当時はあまり病気をしなかったので、これもすぐに治ると思っていました。
「せっかくだから…」と、本を読んだりセミナーに参加したり。
回復して教員に戻った時に役立つよう、勉強するようになりました。
そうして1年経った頃。
なかなか薬が減らなくなりました。
入院していたときがシクロスポリン100mg/日とステロイド40mg/日。
1年経っても、シクロスポリン100mg/日、ステロイド10mg。
「もうしばらくかかるのか~」
諦めずに2年目。
結果は現状維持。
3年目。
薬が増えたり減ったりして、ほぼ変わらず。
4年目。
薬が減らない・・・。
5年目。
大学の友達はみんな結婚。
私は、病気になった当時から変わらない。
6年目。
薬が減らない。
7年目。
・・・・・・。
8年目。
病気を早く治さなくてはいけない
病気になって1年経った頃から。
「早く治さないと、次に進めない」
「治せばもとの生活に戻れる」
そんな思いが強くなっていきました。
そして、焦りばかり大きくなり、8年目を迎えました。
焦りと苛立ちはあったものの、8年も経つとだんだん病気が自分の一部となってきました。
そして、「今後も病気と付き合っていかなくてはいけない」と、徐々に思い始めました。
ようやく、病気と向き合うようになりました。
病気になった原因は、お酒、ストレス、食事。
若い時に無茶しすぎたからだと思っていました。
でも、根本が違いました。
私は腎臓の病気で苦しみもしましたが、助けられてもいました。
病気は自分を守る盾でもあった
中学生の時に「精神力を鍛えれば何でもできるんじゃね!?」と思い、20歳のときには多少の苦労は気にならないようになっていました。
当時は、寝る前に自己暗示をかければ、寝坊しないことも発見して、実践したりもしていました。
大勢に可愛がってもらった分、大勢に良い顔をして、自分の疲れには無頓着でした。
そんななか、最初に悲鳴を上げたのが腎臓でした。
腎臓のおかげで、自分は鬱になる前に職場から離れられました。
腎臓のおかげで、だらしない自分も許容できるようになりました。
自分ができないのは、腎臓の病気のせいだから。
そう言い訳ができるようになりました。
今までひたすら精神力を鍛え「自己責任」でやってきたのが、「腎臓責任」に転嫁できるようになりました。
きっと世の中には、体の病気になる前に精神をやられたり、自殺に走る人も多いのでしょう。
私の場合はその前に腎臓がサインをくれました。
腎臓「このままのやり方では、もたない」
と。
今では腎臓は、自分の調子を表すパラメーターとなっています。
無理したり風邪を引けば、すぐに尿たんぱくが増え、合図をくれます。
腎臓はサボるときの言い訳になってくれます。
持病の悪化を防ぐため、仕事を断ることができます。
不器用な私に逃げ道を用意してくれたのが、腎臓でした。
病気が治るときは、自分がその言い訳を必要としなくなるほど成長したとき。
そう考えて、そのときまでは病気に甘えていこうかと思います。
大病が治らないあなたへ
『青年の大成』という本にこんな話が載っています。
病弱ではだめか
自分では志を持たぬのではないが、いかんせん体が弱い。 一応もっともです。 よくよく重病か何かならば別、いや、重病なら重病の学問・悟道もあるはずです。 (中略) 病というものに心まで捕らえられてしまって、いたずらに薬を飲んだり、入院したり、戦々競々として、養生ばかりしたところで、それは生を養うておるのではなく、それこそ文字通り亡骸を温存するに苦しんでおるのです。 病弱ということは少しも勉強の障害にならない。 |
あなたは、今このときも大病に苦しんでいるかもしれません。
私とは比べ物にならないくらい、どうしようもない状態かもしれません。
ですが、そこにどんな意味を持たせるかはあなた次第です。
自分の感情の主導権を、病気なんかに取らせてやる必要はありません。
ともに「燃え尽きるような生」を、近くの誰かに刻み込んでやりましょう!!
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